知的研究技法(知究技:ちきゅうぎ)のイントロダクション

皆さん、こんにちは。原尻淳一です。はじめまして。
今日は、大学院の講義をはじめるにあたって、イントロダクションをしたいと思います。
大学院ですからね、学部生と違うというか、自覚していただきたいのは、アウトプットです。
皆さんにとっては「論文」です。論文こそ、自分の作品であり、自分の表現の集大成になりますからね。
そこで、ここでは僕がどうやってアウトプットをつくるかの秘密を、講義前のジャブとして、皆さんに伝えたいと思います。


【1】鶴見良行先生の仕事術に衝撃を受けた!---------------------

龍谷大学大学院時代、フィールドワークの技法を研究しようと、鶴見良行先生の自宅の仕事部屋を見学させていただいたことがあります。
鶴見先生は、偉大なアジア研究者です。ご存知ですよね。徹底したフィールドワークと学術資料から、「バナナと日本人」、「ナマコの眼(まなこ)」などの代表作を生み出されました。まだ、読んだことがない方は、岩波新書の「バナナと日本人」から読んでいただきたい。

バナナと日本人―フィリピン農園と食卓のあいだ (岩波新書)

バナナと日本人―フィリピン農園と食卓のあいだ (岩波新書)

ナマコの眼

ナマコの眼

私がお宅に伺ったのは、先生がお亡くなりになって2年くらい経った1996年頃でした。まず、玄関を開けた瞬間に、目に飛び込んできたのは、アジア関連の書籍がびっしり詰めこまれた本棚。通路にも本棚が並び、そこをすり抜けて仕事部屋に入ります。そこで見たものは、アウトプットを生み出すための大変優れたデータベースシステムでした。私は、その全てに圧倒されました。
そのシステムにはデータベースが3つありました。まず1つ目は、「読書カード」です。本のタイトルと自分が気になったところの書き込みがしてあるカードで、4万枚を超える量がありました。そしてキーワードごとにきちんと整理されていました。2つ目は「写真」。鶴見先生ご自身が現場で撮影したものです。腕前はプロ並み。美しいものばかりでした。そして、3つ目が「フィールドノート」で、これは現場で書いた日記です。これも、ほとんどがそのまま本になるほどの優れた文章でした。
この3つのデータベースから、データを取り出して並べ替えることによって、アウトプットである、本を作ってしまうのです。つまり、「再編集するだけで本ができる」という、非常に優れたシステムをコツコツと作り上げていたのです。特に名著「ナマコの眼」は、このシステムの集大成です。
私はとても感動し、自分も実践したいと思いました。しかし、これを知ったときは、大学院の修士課程1年生の終盤でした。卒業までの1年間ではこのシステムをつくり上げるのは到底無理だと思いました。もっと早く知りたかったですね。だから、少なくとも皆さんには、大学院が始まる時点から、この技法を伝えておきたいのです。

知的生産の技術 (岩波新書)

知的生産の技術 (岩波新書)

○この鶴見先生の方法的基礎はこの本にある。時間がある方は、是非読んでおくといい。



【2】鶴見先生の方法をWEB2.0に変換しようではないか!---------------------



卒業後、私は広告代理店に就職し、マーケティング・プランナーになりました。代理店のプランナーというのは、多くの仕事をかかえ、短時間で、企画書をどれだけ効率よく作れるかが問われるんです。当時、私は梅棹忠夫先生の名著「知的生産の技術」を何度も読んでいました。そして前述した、鶴見先生のデータベースシステムを自分のプランニングに活かせないだろうか。つまり、自分で優れたデータベースを作り、そこに蓄積された要素を編集して企画書を作るというシステムを構築したい。そういったことをずっと考え続け、試行錯誤を重ねていました。鶴見先生は、岩波新書の「東南アジアを知る」で、「自分は江戸時代のようなことをやっている」と語っていますが、私の大学時代に比べても技術は格段に進化していますし、仕事のスタイルも変化しています。そこで、WEBの技術やツールを使い、改良を重ねて知的生産の技術を今風に変換しなければと思うんですよね。苦闘の結果、完成したのが「ハニカム・データベースシステム」というアウトプット生産の「仕組み化」でした。


ハニカム・データベースシステムとは


このシステムは、6つのデータベースで構成されています。図のように蜂の巣構造のイメージになっています。それぞれのデータベースにデータをストックしていき、それらの組み合わせで、真ん中にあるアウトプットを生み出します。


1.アイデアファイル
「これは面白い!美しい!」と思ったものが詰まったファイルです。「グラフ」、「ランキング」などカテゴリー分けしたクリアファイルを用意しています。主に、雑誌やフリーペーパーの切抜きを集めているだけですが、非常に刺激的なファイルです。


2.携帯電話メモ
携帯電話のメモ機能を利用して、気づいたことをその場でメモしたり、面白いと感じたものを写真に撮ったりします。ひらめきの瞬間を逃さずに記録するアイデア・データベースです。


3.データファイル
ウェブ上で公開されているデータをブラウザの「お気に入り」で整理しています。仕事上、統計データをよく利用しますので、政府が出しているもの、広告代理店が発表しているもの、企業の研究機関が公開しているものなどを整理してまとめています。


4.ブログ
日記とともに、日々収集したネタから、これは使えるというものを書いています。また、「読書カード」というカテゴリーを設けていて、読んだ本の中で使えると思った部分をページ数とともにメモし、自分の感想も含めてアップしています。


5.教訓ノート
仕事で経験してきたこと、思ったことをまとめたノートです。プロジェクト終了時に総括したり、本を読んで実行しようと思ったことなどが書き込まれています。新しいプロジェクトを始めるときには、必ずこれを読みます。自分の行動規範になっています。


6.名作ファイル
過去に作成した企画書で、今後も参考になるものを集めています。企画を作る際のお手本ですね。宣伝プランや事業計画など、カテゴリー分けをして優れた企画書を集めています。次回、企画を立てるときに参考にして、漏れがなく進めるようにします。


 以上がデータベースですが、これらは料理に例えると、レシピや冷蔵庫のようなもの。この中に材料をどんどんストックしていきます。そして、アウトプットするときには、レシピを見ながら材料を取り出し、料理をするようなイメージです。このデータベースが充実していれば、アウトプットの際に、再び参考資料や本を読んだり調べたりするという時間が短縮されるのです。あとは、日々データベースにデータを蓄積して充実させていくだけです。

READING HACKS!読書ハック!―超アウトプット生産のための「読む」技術と習慣

READING HACKS!読書ハック!―超アウトプット生産のための「読む」技術と習慣

○このあたりの細かい話はこの本を参照ください。
  
 
     
【3】入れ物があれば材料は集まるのだ!---------------------



 情報収集のコツは、「入れる場所を用意しておく」ということですね。私の場合、入れる場所はもちろん、先ほどのデータベースになります。そして、どこにいても何をしていても、その全てが情報源です。至るところが知の現場と言えますね。
 日常的に、これは必要だな、面白いなと感じたものは確実におさえます。ストックする場所(データベース)は用意してあるので、そこに入れるだけなのです。
 本には付箋を貼って、あとでパソコンに入力する。歩いていて気になったものは、携帯電話のカメラで写真を撮る。誰かと会話をしていても、そのそばからブログにアップする。雑誌は破ってファイルにためる。アイデアは携帯電話でメモをする。
 また、データベースをつくることを常に意識していると、周りを見るアンテナが高くなり、それに合ったものが自ずと集まってくるようになります。そこで見つけた情報、これはログを残す。これが大事なんですね。さらに、効率を高めるための工夫もしています。例えばブログは、私の場合「はてなダイアリー」を使っています。書籍は、タイトルなどを入力するだけで、著者名や出版社、本の画像などが自動で入り、自分で書く手間が省けます。
 このように、すぐに入れられて、入れる際にも、なるべくストレスが軽減されるものを選ぶことが重要です。



【4】構想段階は風呂敷を全部広げる(拡散と収束の技法)---------------------



イデアを出したり企画を練るときは、まず情報を拡散してから収束していくという流れを必ず意識しています。
まず拡散の段階では、チームメンバーなどと、たくさん会話をし、アイデアを出し切ります。おそらく、この作業がゼミナールになると思いますが、とにかく風呂敷を全部広げることを心がける。全部出し切って、次に整理をする。そのうえで収束していき、さらに良いものに変えていくのです。資料、データを広げた上で、方法を変えてみようとか、レシピが悪いんじゃないかとか、違うものを取り入れてみようなどいうことが検討するわけです。そういった議論や研究を通して、新しさが出てきます。こういうステップを踏んで、最終的にアウトプットの方針を決めていきます。

クリエイティブ・シンキング―創造的発想力を鍛える20のツールとヒント

クリエイティブ・シンキング―創造的発想力を鍛える20のツールとヒント

○情報拡散と収束の技法に関しては、こちらの書籍がBEST。



【5】知的生産の基地をつくって、一気に仕上げる---------------------



そうして、企画書などのアウトプットを作成するときは、誰にも邪魔されない環境をつくりだし、1人で籠ります。
本、企画書など、アウトプットするものによって、それぞれふさわしい場所を用意しています。
例えば企画書の場合は、会社の会議室を予約し、そのときの参加者を自分1人にします。大きな机に資料を全部広げ、それらを眺めてから一気に取りかかります。電話もかかってこないし、誰からも邪魔されないので、心置きなく取り組めます。
本を書くときには、行きつけの喫茶店やカフェがあります。そこは、アールデコ調のシックな内装で、クラシックのBGMが流れている、とても雰囲気のよいところだったり、北欧の最新デザインがあるところです。そして、他人の視線がある環境から、ちょっとした緊張感が生まれ、原稿が進みます。会社が終わったら喫茶店に行って、ラストオーダーまで書くという感じですね。みなさんにはぜひノートパソコン購入をすすめます。ノートパソコンがあればどこでも仕事ができるので、カフェやホテルのラウンジなど落ち着いた雰囲気の場所を知的生産の基地として利用できますからね。こういうスタイルはビジネスでは定着しつつあり、「ノマドスタイル」というそうです。でも、フィールドワーカーであれば、いまはこのスタイルをもつべきでしょう。
さてアウトプットをつくりはじめたら、一気にとことんやってしまいましょう。
一気にやってしまえるのは、長い準備期間があるからかも知れません。データベースに蓄積する。そのテーマに関して、常に頭の中で考え続ける。そうすることによって気持ちがだんだん高まってきます。例えて言えば、少しずつ火薬が入れられていくイメージでしょうか。するとだんだんイライラしてくる。そして溜まりにたまったものを爆発させるかのごとく、ドーンと一気にやってしまい、仕上げてしまう。そんな感じで、やるときは集中してやるのがいいですね。
      

  
【6】表現者であることを意識せよ---------------------



私は人に何かを伝えることが好きです。自分が表現者として、積み上げてきた知識を形にするということをとても意識しています。
本は読者に向けて文章で表現するというところが良いですし、その他では、セミナーで講師を務めるのが好きです。
話をするときは、聞いている人がどれだけ笑ってくれるかとか、感動してくれるかということが、とても気になります。講義が終わった後の、受講者への満足度アンケートの結果などは、いつも気にしています。
また、自分の伝えたいことを正確に相手に伝えるために、絵で表現するということを多用しています。イメージ派なのです。まあ、子どもの頃から絵を描くのが好きだということも影響しているのだと思います。
自分のイメージを正確に相手に伝えるというのは、意外と難しいものです。なぜなら人間は、話を聞いた際には、その内容を自分の持っている知識や世界観のなかでイメージしがちだからです。つまり、こちらがしゃべっている言葉の解釈は、相手の持っている世界観に左右され、間違って伝わることがあるのです。絵にして提示することによって、理解が深まり、だんだんピントがあってくる。何かを伝えることって、とても、難しいこと。でも、研究者を目指すのであれば、自分が研究者であると同時に「表現者」であるということも意識しないと、いい物はつくれません。
優れたアウトプットは美しいのです。その美しさを表現者として追求する感覚も持ってほしいと思います。



【7】さいごに・・・---------------------



ハニカム・データベースシステムは、私個人だけでなくチームの生産性をあげるのにも貢献しています。「アイデアファイル」や「名作ファイル」は、部下への参考資料として非常に役立つのです。初めて企画書などを作る人は、イメージがないので、どう書いていいのかわからず、辛い思いをします。その時に「これを参考にしなさい」とすぐに渡すことができるのです。渡されたほうは、それを元に自分なりに企画書をつくります。その後に、私と会話をしながら修正をしていく。ゼロから考えて悩むよりは、参考にしたほうがいいと思います。
このアウトプットシステムは、なるべくオープンにして共有し、チーム力をあげることを意識しています。今のところ個人とチームメンバーの共有になっていますが、これがソーシャルなものとしてもっと大きな単位で共有できたら、とても良いなと考えています。ですから、研究もチームでやるのであれば、ソーシャルメディアを活用して、チームで材料を集め、論文を作成するように技術的な工夫も自分の研究内容と同時に意識してほしいものです。そのあたりを含めて、最新の研究技法を皆さんと検討しつつ、大学院生活のはじめから実践で活用できるようにしていきたいと思いますので、よろしくお願いしますね!


では、みなさん、京都で逢いましょう。



2010.4.4  原尻淳一 拝