未来発創へ

 社会人になってから、ずっと「アイデアを枯らさず、恒常的にひらめく仕組みをつくりたい」と夢見ていた。広告代理店に入社した私はマーケティングの企画部署に配属され、毎日のようにクライアントのコンセプトづくりや新商品アイデアを出さなければならない状況に置かれていたせいもある。しかし、いくら考えても面白いアイデアは浮かんでこない。悔しいのは、外回りをしている営業の同期のアイデアの方が断然面白いことだった。どうしたらいいのだろうか…。

 散々悩んだ挙句、思い出したのが、『バナナと日本人』(岩波新書)や『ナマコの眼』(ちくま学術文庫)で新しいアジア学を切り開いた鶴見良行先生の「アウトプットのためのデータベース・システム」だった。鶴見先生のデータベースは、読書カード(4万枚)、フィールドノート(現場の日記)、写真(数万枚)の3つから構成される。これらのデータベースをテーマによって編集すれば、エッセイや論文が生まれるというわけである。

「これだ。アイデアは天から降ってくるものではない。編集して生み出すものだ。だから、システムをつくらなければならない。」

 そう考えて、コツコツとアイデアのネタとなるデータベースをつくり始めることにした。また、編集という言葉が気になって、松岡正剛さんの編集学校で編集方法を学んだ。しかし、その効果が顕著に現れたのは、アイデア発想よりも企画書づくりだった。制作スピードが格段に速くなったのである。ただ、まだ自分が心から面白いと思うアイデアはなかなか浮かんでこなかった。どうやらアイデア発想には、これまでと全く違うロジックと方法論が必要なのかもしれない。ここは焦って未来を急ぐより、自分の過去をしっかり振り返ってみるほうがいいだろう。そう考えて、大学時代に集めた文献をゆっくりと読みなおすことにした。

 そこで収穫だったのは、恩師の中村尚司先生の民際学の概念である。民際学とは、「民」が「際」立つ学問であり、「人間としての豊かさとは何か」を探究する学問だ。地域経済論が専門だった中村先生は、地域が国境を越えて、抱える様々な問題をどう解決するかに苦心なされ、アジア各地を歩き、民衆と話しながら打開策を考えていた。そのなかで最もヒントになったのは、豊かさを担保する3つのキーワードだった。中村先生は「いろいろな人種、いろいろな職業の人がいて(①多様性の展開)、その人たちがつながりをつくり(②関係性の構築)、さまざまなモノや想いが国境を越えて循環する(③循環性の永続)。これが豊かさをつくる基盤なのだ」と『人びとのアジア』(岩波新書)で主張している。ピンときた。もしかしたら、アイデア発想も同じかもしれない。そう考えて、自分の取り巻く情報環境を中村理論で捉えなおしてみたのである。

 たとえば、現在はtwitterのようなフローメディアが存在し、フォロアーからの情報に折り返しコメントを返し合い、情報の循環が生まれている。また、異業種の方々とフォローし合い、すぐにつながることはたやすい。しかし、問題なのは、メディアを介した関係性はどうしても関与が薄いという点だ。できれば、自分が動いて、直接話をして、深い関係性をつくらないといけない。その意味で、デスクワークではなく、フィールドワークが重要になる。自ら歩いて、情報の触媒になって、いろいろな人に会い刺激し合う。すると、自然と情報はリアリティを帯び、情報自体の質が研ぎ澄まされてくるのだ。これがアイデア誕生のプロセスではないか、と考えるようになった。思えば、外回りをしている同期のアイデアが面白かった秘密はここにあった、と考えると腑に落ちる。それから日々実験を重ね、ようやく情報と行動の習慣化によってアイデア生成がうまくいく方法がわかってきた。さらにそこから鶴見式データベースにつなげ、アイデアをストックし、企画に生かすまでの流れを意識するようになった。こうしてアイデアは、単なる発想から発創へ、私のなかで一気に進化したのだった。

 この技術の進化を『アイデアを形にして伝える技術』という本にまとめた。講談社現代新書より4月に刊行予定だ。本書のターゲットはビジネスマンだが、大学生にもわかるように描いたつもりだ。そもそもアイデアは誰かに限定されるものではない。

 昨今、日本のメディアは、世界経済の不況と日本経済の落ち込み等、悲観論に満ちている。企業のコンサルティングをし、いろいろな会社に出入りさせていただいているが、現場の元気のなさも気になる限りだ。そういったなかで思うのは、これからのキーワードは「フィードフォワード」であろう。フォワード=前(未来)へつなげる発想だ。

 たとえば、新商品開発の現場にいて、よく語られるのは競合との差とそれに追いつけ追い越せの、フィードバック的議論ばかりである。しかし、それでは、いまの市場環境で何とか戦える商品はつくれても未来を変えるほどのインパクトのある商品はできない。いま、日本に必要なのは、「数十年後の未来を描き、新しい暮らしを創る気概と方法論」であろう。

 私は本書をきっかけに、できるだけ若者にアイデア発創法をお話しし、20年かけて日本を「アイデア立国」に再生したいと考えている。

 震災後の困難な時期だからこそ、未来発創へ一歩踏み出したい。